東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1248号 判決 1961年6月29日
控訴人 日本金属装具株式会社
右代表者代表取締役 石田理通
右訴訟代理人弁護士 旦良弘
被控訴人 ロヂ・ウント・ヴイーネンベルゲル・アクチエンゲゼルシヤフト
右代表者 ウイリー・フリツカーヘルムート・シエルホルン
右訴訟代理人弁護士 ローランド・ゾンデルホフ
湯浅恭三
坂本吉勝
相原伸光
右訴訟復代理人弁護士 馬場東作
福井忠孝
右補佐人弁理士 田代久平
主文
原判決を取り消す。
東京地方裁判所が同庁昭和三三年(ヨ)第四、三三四号販売禁止等仮処分申請事件について昭和三三年九月一〇日にした仮処分決定を取り消す。
被控訴人の右仮処分申請を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、被控訴人はドイツ国プフオルツハイム市において時計バンドの製造販売を営む会社であつて、通称パーフエクトバンドという伸延可能なリンクバンドにつき、ドイツ国において特許権を有し、日本においても昭和二六年四月一〇日に右発明について特許を出願し、昭和二九年六月三日の公告を経て、同年一一月三〇日に特許第二〇九、七八八号をもつて登録され、現にその特許権者であること、そして、右特許の権利範囲は、「中空リンクが、任意の断面形の円筒状鞘(以下鞘という。)のバンド縦方向において互に転位された二組により形成され、結合リンクが、バンド縦縁中に設けられたU字形結合彎曲片(以下結合片という。)により形成され、該結合片は、各二個ずつ、その一方の脚をもつて一方の組の鞘の開放端中に挿入され、その他方の脚をもつて他方の組の転位して位置する隣接の鞘中に挿入され、かつ各鞘中には、結合片を鞘中に確保し、さらに、バンドの伸延あるいは彎曲に際し、発条的に反対作用する彎曲板発条(以下板発条という。)が設けられたことを特徴とする、中空リンク及びこれを互に関節的に、かつ伸延可能に結合し、発条作用に抗して旋回しうべき結合リンクより成る伸延可能なリンクバンド、ことに腕時計用バンド」にあること、並びに控訴人が本件仮処分決定添附物件目録二すなわち、第一、二号図面及び各写真に示す時計バンドを販売、拡布していることについては、当事者間に争がない。
二、そこで、控訴人販売拡布の右時計バンド(以下本件時計バンドという。)が被控訴人の前記特許(以下本件特許という。)の権利範囲に属するかどうかについて判断する。
(一) 本件仮処分決定添附物件目録二の第一、二号図面及び各写真に示す本件時計バンドの構造は、成立に争のない乙第三号証 ≪省略≫ を参酌すれば、リンク鞘を関節的にかつ伸延可能に結合し、発条作用に抗して旋回できるようにした腕時計用バンドである点においては、前示被控訴人の特許を腕時計用バンドにつき、実施した製品と異なることはないが、
(イ) 本件時計バンドは断面が形状の長方形連鎖片(本件特許の鞘に相当する。)、断面が形状の連結片(本件特許の結合片に相当する。)および共通弾片(本件特許の板発条に相当する。)
をもつて構成されており、
(ロ) その構成方法は、右連鎖片を空隙部を挾んで上下に半ばずらせて対向させ、これに右弾片を挿入し、かつ右連結片で連結するについて、右連結片を二本並列し、その並列した連結片の中央部の両脇に右弾片の両端を当設し、右弾片の背面を下部連鎖片の両側辺に設けた係止縁に係止するように、弾片および連結片を下部連鎖片に嵌着して下部連結体を構成し、この下部連結体のうちの一方の連結片と隣接した下部連結体のうちの一方の連結片との中央部に別の弾片を当設するなど、下部連結体と同一方法によつて上部連結体を構成し、この上下各連結体を順次交互に連結して成るものであり、なお、右目録の各図面および各写真によつては必ずしも明らかではないが、前記乙第三号証および原審証人森武章の証言によれば、右のように並列した二本の連結片は互に向きを変えて並列されたものであると一応認められる。(外装の点は除く。)
(二) ところで、本件特許の権利の要旨は、中空リンク及びこれを互に関節的に、かつ伸延可能に結合し、発条作用に抗して旋回し得べき結合リンクより成る伸延可能なリンクバンド、ことに腕時計用バンドであつて、
(イ) 中空リンクが任意の断面形の円筒状鞘のバンド縦方向において互に転位された二組により形成されていること、
(ロ) 結合リンクがバンド縦縁中に設けられたU字形結合彎曲片により形成され、該結合彎曲片は各二個ずつその一方の脚をもつて一方の組の鞘の開放端中に挿入され、その他方の脚をもつて他方の組の転位して位置する隣接の鞘中に挿入されていること、および、
(ハ) 各鞘中には、結合彎曲片を鞘中に確保し、さらにバンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられていること
の三個の要件をそなえていなければならないと解すべきことは、前記のとおり本件特許の権利範囲として当事者間に争のないところからみて明らかであるところ、右(ハ)の要件は、彎曲板発条の特徴を限定しており、それがバンドの伸延あるいは彎曲に際して発条的に反対作用する機能のほかに、結合彎曲片を鞘中に確保する機能をも営なむものであることを明らかにしていると考えることが相当である。
そして、成立に争のない甲第七号証の一に添附されてある本件特許の特許公報中、発明の詳細なる説明として、「特に間隙を以て鞘中に座着する結合彎曲片の脚は高さよりも広き幅を有し且その内側上に横溝を備え該横溝中に縦方向に鞘中に設けられたる板発条がその彎曲端を以て掛合する如く構成せらるることを得」と記載され、さらに「次に図面に依り本発明を更に詳細に説明すべし」として、「各鞘10、11中には縦方向に彎曲せられたる板発条12が挿入せられ該板発条は彎曲せられたる端13を有す板発条12は彎曲端がバンドの外面の方に従て上部組の鞘10中に於ては上方に向けられ下部組の鞘11中に於ては下方に向けらるるが如く配設せられたり≪省略≫鞘10及11を互に結合するためにU字形結合彎曲片14が役立ち該彎曲片の脚15及16は厚さよりも大なる幅を有しその内側上に於ては平に構成せられ横溝17或は18を備えたり結合彎曲片14はその上部脚15を以て各2個ずつ相並びて上部組の鞘10の開放端中に挿入せられ以て該結合彎曲片14が板発条12の彎曲端13上に接着し此の端が横溝17中に掛合するが如くなされたり結合彎曲片14の下部脚16は同様にして各2個ずつ下部組の隣接せる鞘11中に導入せられ以て下部脚16が板発条12の下方に彎曲せられたる端13の下に接着し之等端が横溝18中に掛合する如くなされたり」との記載があり、また、特許請求の範囲の附記の項1にも「間隙を以て鞘10、11中に座着する結合彎曲片14の脚15、16が高さよりも広き幅を有し且その内側上に横溝17、18を備え該溝中に縦方向に鞘中に設けられたる板発条12がその彎曲端13を以て掛合する特許請求の範囲記載のリンクバンド」と記載されてあることは、もとより本件特許の一実施例を示すものであつて、本件特許の権利範囲がこれに尽きるものでないことは、言うまでもないが、板発条以外の部材による確保手段については、明細書中全くこれに想到した形跡が認められず、かえつて、右公報の特許請求の範囲中「各鞘中には結合彎曲片を鞘中に確保し且バンドの伸延或は彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条12が設けられたること」との記載及び発明の詳細なる説明の冒頭にも、「本発明の要旨とする所は」と書き出して、「各鞘中には結合彎曲片を鞘中に確保しバンドの伸延或は彎曲に際し結合彎曲片の旋回に対し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられたる点に存す」との記載が存することは、これを前記実施例につき詳細に説明されているところと併せ考えて、板発条が結合彎曲片と鞘中で掛合して、後者を脱出しないように確保していること、すなわち板発条が右機能を果すに足りるだけの構造をそなえていることが、本件特許発明の構成上必須の要件であると認めることが相当であろう。被控訴人が本件特許の特許請求の範囲の記載に基いて製作したモデルであるとして提出した検甲第一号証には、結合片は板発条の初張力によつて鞘の内側に押し付けられているだけで、その他板発条に何らの確保手段と認むべき機構が施されていないが、かような連繋方法では、バンドの伸延の場合結合片の脚は鞘中で傾斜して板発条を平圧し、このため板発条はわずかではあるが鞘中で長く伸び、その先端で結合片の脚を外方に押し出そうとする力が同時に生ずることが明らかであつて、そのくり返しによつて結合片は少しずつ押し出され、ついには鞘外に逸脱するおそれが十分認められるので、かように結合片が板発条の張力で鞘中に座着させられているに過ぎないものは、板発条が結合片を鞘中に確保するものということができず、したがつて、本件特許を実施したものということはできない。
(三) そこで、本件時計バンドを本件特許のリンクバンドと比較してみるのに、両者はいずれも、
(イ) 中空リンクが筒状鞘のバンド縦方向において互に転位された二組により形成され、
(ロ) 結合リンクがバンド縦縁中に設けられた結合片により形成され、該結合片は各二個ずつその一方の脚をもつて一方の組の鞘の開放端中に挿入され、その他方の脚をもつて他方の組の転位して位置する隣接の鞘中に挿入され、
(ハ) 各鞘中にはバンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられた、
中空リンク及びこれを互に関節的にかつ伸延可能に結合し発条作用に抗して旋回し得べき結合リンクより成る伸延可能な腕時計用バンドである点において一致し、また、
(ニ) 本件特許のバンドの鞘が任意の断明形の円筒状とされているのに対し、本件時計バンドの連鎖片が断面形状の長方形である点も、これらの形状は結局中空リンクが関節的にかつ伸延可能に結合リンクにより結合され、中空リンク内に挿入された発条の発条作用に抗して全体が伸延可能になるための一つの形状であるにほかならないことにかんがみ、後者は前者の一実施態様であるということができよう。
しかし、本件特許のリンクバンドにおいては、鞘中に収められた彎曲板発条がバンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する機能のほかに、結合彎曲片を鞘中に確保する機能をも有するものであることは、前記のとおりであるのに反し、本件時計バンドの板発条(弾片)は、バンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する機能をもつだけで、結合片(連結片)を鞘中に確保する機能はもつていない。本件時計バンドにおいて連結片を鞘(連鎖片)中に確保する機能は、連結片の形状、すなわち、解放部をもち、これを挾んで相対向する内側に折返部を設けた、断面形状のものであることによつて、これを営んでいる。換言すれば、右連結片はその両脇で上下の連鎖片を連結するとともに、その一体をなした形状の中央部に弾片を当設し、かつみずから連鎖片の係止縁に係止することによつて確実に保持されている(いわば、連結片が鞘外から鞘と弾片とを抑えこむことによつて、みずから連結体の外部に脱出することを阻止している。)のであつて、その確保の作用は全然弾片の構造とは関係がない。そして、このような結合片確保の手段は、本件特許の出願人が、意識していたといないとにかかわりなく、少くとも特許明細書に開示して特許の権利を請求したものには含まれておらず、また、両者の相違をもつて、単なる設計上の微差に過ぎないものとすることもできない。本件時計バンドは、本件特許の必須の要件を欠くものであるから、その他の共通点にかかわらず、後者の権利範囲に属しないものと考えるのが相当である。
成立に争のない甲第七号証の一、二、第一四号証(鑑定書、上申書)および原審証人田代久平の証言中に現われている前示当裁判所の判断に反する見解は、特許明細書の文言をこえて、不当に広く本件特許権の内容を解釈するものであつて、とうてい採用することができない。
被控訴人は、特許は観念としての考案それ自身を目的とし、その考案を具現する形態如何はこれを問わないから、一定の型に具現された考案を保護するにとどまる実用新案よりもひろく権利範囲を解釈すべきであると主張する。しかし、特許といい、実用新案というも、その権利の広狭は発明・考案の性質及び明細書・説明書の記載によつて千差万別であつて、単に特許であるからといつて、明細書の明白な記載を無視し、思想的にその権利範囲を広く解釈することは、それだけ特許権者の保護を厚くすることになつても、不当に他人の産業活動を拘束するものであるので、正当な解釈態度ということはできないであろう。
三、さらに前記乙第三号証、第七号証(各鑑定書)および原審証人森武章の証言によれば、本件時計バンドは本件特許のバンドに比し構造簡単な上に、連結片の幅と連鎖片の空隙部の間隙とを適宜に選ぶことにより、分解組立に際しては一組の連結片を連鎖片の中央空隙部に寄せて挿脱することが自由であり、必要に応じ何らの工具を要しないでバンドの長さを調節できるという特長を有する。その反面本件特許のバンドは伸縮に際し二個ずつの結合片が均等に板発条に働き、したがつて歪みを起すことなく円滑に伸縮作用をするが、本件時計バンドの連鎖片中の二本の連結片は互に向きを変えて挿入してあるので、伸縮に際しその弾片に働く働き方が均等でなく、したがつて歪みを生ずることがあるという欠点がある。かように、両者はその果す作用、効果が必ずしも同一でないので、これをもつて均等発明であるとすることも相当でない。
四、成立に争のない甲第一六、第一七号証(各審決)、第二五号証の一、二(各仮処分決定)は、本件と関係のないものであり、これも成立に争のない甲第一一、第一三、第一八ないし第二四号証(各外国判決)は外国法制のもとにおける判断を示すものであつて、しかも本件との関係も必ずしも明らかでないので、いずれも本件判断の資料とすることができない。その他前示認定をくつがえすべき資料はない。
五、本件仮処分の対象物件中、仮処分決定添附物件目録一の腕時計バンドは、被控訴人の有する登録第二〇九、七八八号の特許の実施品そのものであつて、すなわちこれまで説明したような伸延可能なリンクバンドにおいて結合リンクはバンド縦縁中に設けられたU字形結合彎曲片により形成せられ、各鞘中に設けられた彎曲板発条が結合片を鞘中に確保する作用を営むものであるが、控訴人がかかる製品を販売、拡布していることについては何らの疏明がない。
六、これを要するに、本件仮処分はその対象たる仮処分決定添附物件目録一の腕時計バンドについては、控訴人がこれを販売、拡布していることの疏明がなく、また同二の時計バンドを控訴人が販売、拡布していることについては、争がないが、これは被控訴人の特許の権利範囲に属せず、また均等発明とも解せられないこと、前記のとおりであるので、被控訴人からこれらの製品の販売、拡布の禁止を求め得べき権利があることは、その疏明がないことに帰するものといわなくてはならない。そして、保証をもつて疏明に代えることも、本件については適当でないと認められるので、本件仮処分はこれを許すことができないものといわなくてはならない。
七、本件仮処分決定を認可した原判決は不当であるので、民事訴訟法第三八六条により原判決を取り消し、本件仮処分決定も亦これを取り消し、被控訴人の右仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内田護文 裁判官 入山実 荒木秀一)